緊急事態宣言を乱用すると起きること。使いどころの見極めも大事。

この記事は約6分で読めます。

「緊急事態宣言」は、
感染症の予防などを目的とし、
”緊急事態”に宣言が出されるものですが、
これを”何度も何度も繰り返し出していると”
やがて、その効果は薄れていきます。

”緊急事態宣言”を軽い気持ちで
何度も何度も発令したり、好き勝手各所で
出したりしているようなことがあれば
法律上は問題なくとも、
その効果はどんどん薄れて行ってしまう、
ということです。

”緊急事態宣言の乱用”これをしてしまった結果
起こる可能性のあるマイナス面の出来事について、
客観的に解説していきます。

緊急事態宣言自体の良し悪しを語るものではなく
「繰り返していたらどうなるのか」
「乱用しているとどうなるのか」ということを
お話する内容になります。

スポンサーリンク

何度も繰り返していると、起きること

緊急事態宣言は本当に「奥の手」であると、
考えるべきです。
何度も何度も繰り返していると、
やがて、緊急事態宣言という言葉自体が
軽くなってしまい、その効力も影響力も
失われてしまいます。

非常に難しいことではありますが
少なくとも「軽い気持ち」で発令するべきものではない、
ということですね。

しっかりとよく考えた上で
「緊急事態宣言でなくても対応できる」ような
状況に宣言を出したり、
やたらと「宣言を出せ!」と騒いだり、
そういったことは、なるべく控えていく、
ということも大事なことになります。

「何度も何度も繰り返すとどうなるのか」
しっかり、そのことは頭に入れておきましょう。

次第に効果が薄れる

繰り返し緊急事態宣言を出したり、
長期間緊急事態宣言を出したりすれば、
次第に、その「効果」は薄れていきます。

例えば、2020年~のコロナ禍においても、
緊急事態宣言は繰り返される都度、
その影響力・効果は薄れており、
初回よりも2回目、2回目よりも延長後、と、
どんどん人の出が増えていることは
データでしっかりと示されています。

このように、何度も繰り返していたり、
何度も延長したりしていれば
だんだんと効果が薄れていくものなのです。

理由は人それぞれですが、
まず、多いのは「言葉慣れ」してしまうことです。

人間は、何事にも慣れるものです。
あまりにも緊急事態宣言ばかり出されていると
もはや「緊急事態宣言=普通のこと」になってしまい、
何も効果が出なくなる、ということです。

他にも「付き合ってられない状態」になる人もいます。
特に、緊急事態宣言で影響を受ける人に多く、
終わりも見えず、何度も何度も繰り返していけば
やがて「我慢」も限界に達して、
結果的に緊急事態宣言を相手にしなくなる、
ということです。

協力できる人は「慣れ」により、普通の行動に戻っていき、
金銭面などから協力が難しい人が「我慢の限界」により、
普通の行動に戻っていく…

こうなれば、当たり前のことですが
緊急事態宣言を繰り返す都度、その効力は
無くなっていきます。

スポンサーリンク

それ以上の対策は存在しない

緊急事態宣言を繰り返しすぎると、
緊急事態宣言自体が形骸化し、
その効果が次第になくなっていきます。

そして、その時に問題なのが、
「それ以上の対策」というものが法律上に
既に存在していない、ということですね。

つまり、緊急事態宣言を乱用していて
その効果が期待できないような状態に
なってしまった場合、
例えば「感染=命を落とす」ような、
本当に人類の存続にかかわるような
危機的なウイルスが出現してしまったとしても、
「それ以上の対策」を行うことが出来ず、
出来るのは「効果が薄れている緊急事態宣言を出す」と
いうことだけになってしまいます。

これが、非常に恐ろしい部分になるのです。

本当の緊急事態に対応できなくなる

上でも書いた通り
例えば「感染=助からない」というクラスの
ウイルスが出現してしまったとします。

そんな時に
「緊急事態宣言をコロナ対策として乱用しすぎたことにより
 もはや効果が望めない」状況になっていたら
どうなってしまうでしょうか。

”緊急事態宣言”という言葉が軽くなってしまっていて
効果を望むことが出来ない…
けれども、それ以上の対策は存在しない…

そうなれば、多くの人が犠牲になるでしょう。

”本当の有事”に備える意味でも
「奥の手」というものは、普段から日常的に
乱用するようなことはせずに、
”本当の危機的状況”でちゃんと効果を
発揮できるようにしておかなくてはいけないのです。

が、コロナ禍において
”緊急事態宣言”があまりにも軽く
乱用されてしまっているようなケースも
見受けられ、これは、本当に感染=命を落とす、
レベルのものが万が一出てきてしまった時に
重大な懸念となるのです。

もちろん、コロナも危機の一つではありますが、
”本当に緊急事態宣言を出さないと対処できないの?”と
疑問を抱かれてしまうような出し方をしている
(特に都道府県独自のモノに多い)ところは、
残念ながら見受けられます。

”緊急事態”とは何か。
今一度、よく考えたほうが良いでしょう。

代わりになるものを作ることは難しい

緊急事態宣言を使い過ぎて
形骸化してしまったとしても
”代わり”となるものを作る、というのは
難しいことです。

新しくそういうものを作るにしても
時間が掛かりますし、
それを作ったところで、またそれを乱用するようになってしまったら
今度はその「新しい決まり」も効果が薄れて
形骸化してしまいます。

何でもかんでも緊急事態宣言を出せばよい、
というものではなく、
名前の通り、本来は「本当に奥の手」というような
位置づけでならなくてはいけないのです。

コロナ禍における1回目の発令時には
そういう雰囲気もあり、
大きな効果を発揮していましたが
2回目、2回目の延長時、と
どんどんその効果が薄れ、形骸化してしまっています。
都道府県が独自にあちらこちらで出しまくったこともあってか
さらにその言葉の重みが薄れてしまっている状況。

緊急事態宣言を何度も何度も繰り返す、ということは
こういった面でも、マイナスに働いてしまうのです。

もちろん、本当に必要な時は、使うべきですが、
”本当に今、必要なのかどうか”ということは
考えたほうが良いです。

「感染者増えて来たから出すか」みたいな
軽い気持ちで緊急事態宣言発令を繰り返せば、
やがて、誰も相手にしてくれなくなってしまい、
今後の”更なる脅威”が生まれた場合に
それが機能しなくなってしまう、ということが
考えられるのです。

スポンサーリンク

「重み」を損なわない運用をしないと今後が大変

緊急事態宣言の重みを損なってしまうと、
次第に効果が得られなくなります。
これは既に、実際にコロナ禍における「2度目」や
「再延長後」などでも数字に表れていることです。

そして、緊急事態宣言以上の同系列のものは
法律上は存在していないために、
今後のそれ以上の危機で「使えるものが既にない」という
状態になってしまっています。

それ故に「緊急事態宣言」は
重みを損なうような運用をしてはいけませんし、
軽々と何度も何度も発出するようなものではありません。

それで、効果が望めないのであれば
いつまでも緊急事態宣言!ではなく、
他の対策も考えねばならない状態である、
ということです。

まとめ

緊急事態宣言を乱用していると
起きることとしては
「効果が薄れて次第に形骸化していく」
ということです。

人々が慣れてしまったり、
我慢の限界になってしまったり
不満が爆発したり…
色々な理由から効果は薄れていくのです。

感染=助からないレベルのものが流行したり、
それ以外の危機が訪れた時に
緊急事態宣言がもしも形骸化してしまっていたら、
それこそ大変なことになりますから、
安易に好き放題、各地で出したり解除したりを
繰り返すのは、今後のことを考えるのであれば
恐ろしいことです。

タイトルとURLをコピーしました