どうしてNHKはスクランブル放送を導入しないの?その理由は?

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NHKの受診料問題は度々話題になり、
問題になっています。

受信契約をしているのに支払わなくていい、だとか
そういったことは問題であると思いますし
ぶっ壊す、のような過激なものは問題ではあるとは思います。

が、そういったものを含めて
問題を生み出しているのは、大本であることにも
違いはないかと思います。

今のままでは、契約している人も、見たくない人も、
集金する人間にとっても、嫌な思いをする状態が
続くだけでしょう。

そこで、以前から言われていることが
「放送スクランブル化」ですね。

つまり、見たくない人、契約していない人には
番組を見られないようにする、ということです。
WOWOWだとか、そういった放送局のような
形式にする、ということですね。

確かに電気・水道・ガスも料金を
支払わなければ止まります。
払わないなら、使わせない。それだけのことであり
あとは自己責任です。

NHKの放送に関しても、
同じことをすれば良いのではないか?と
考える人がたくさんいても、
それは当然のことだと思いますし、
そう思う人も多いでしょう。

ですが、NHKは何故かそれをしません。
それは、何故なのでしょうか。

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放送スクランブルにしない言い分とは?

放送スクランブル化をすればいいのにしない。
では、NHKにはどのような言い分があるのでしょうか。

これは、公式サイトの方に記述されています。

長々と書かれているので要約すると

・公共放送としての役割を担っているために
スクランブル化することで担っている役割と
矛盾するため

・スクランブル化導入に伴い「よく見られる番組」に偏り
内容が画一化していく懸念があり、
その結果、視聴者の選択肢が狭まり
「健全な民主主義の発達」の上で問題がある

と書かれています。

サイトに記載されている
公共放送としての役割、というのは
特定の利益や視聴率に左右されずに
社会生活の基本となる情報、文化情報、
災害時の情報などをお届けする、とされています。

色々書いていますが
単純に言えば「公共放送だから」ということになります。

これが、スクランブル化しない言い分、
ということになりますね。

法律に胡坐をかいているだけ

冷たくバッサリ言ってしまえば
これだけです。

言い分を見ると、何を見ても
「公共放送だから~」「放送法が云々~」ばかりなのです。
これじゃ、不満が出るのは当然のことですし、
そもそも、不満を抱いている人を納得させようとすら
思っていないでしょう。

こんなことでは、集金人とのトラブルは今後も
さらに増えるでしょうし、
過激な団体が出て来たり、騒がれたり、
そういったことに繋がってしまうのです。
トラブルの責任も、過激な団体が出てきた責任も、
法律に胡坐をかいていることが全ての原因でしょう。

ハッキリ言えば「考えが古い」。
スクランブル化が難しい~できない~!ではなく、
「どうすればスクランブル化できるのか」
それを考え、実行していくことも
公共放送の役割の一つと言えるでしょう。

これをせずに、法律が~
公共放送が~、では誰も納得しないでしょう。

契約している人間の立場からしても
感じが悪い、というのはザンネンながら否めません。

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スクランブル化がほぼ全ての問題を解決させる

”NHKのスクランブル化”は
ほぼ全ての問題を解決させます。

まず、
”見ているけど支払わない人”
これは、問題ですよね。
支払わない=スクランブル化にすれば、
こういった、不正行為をしている人
”お金を支払わずにNHKを見ている人”を
完全に対策することができます。
”公平性”を謳うNHKにとって、
とても重要なことでしょう。

次に
”見たくないし、本当に見てない人”
不満を漏らす人の大部分はここでしょう。
確かに、”本当に見ていない”なら
何で契約しなきゃいけないの?となる気持ちは
分かります。
ワンセグやカーナビで契約を迫られる、というのも
確かに乱暴な話でしょう。
スクランブルが実現すれば、ここも解決します。

次、
”集金人とのトラブル”
悪質な集金人もいます。
そして、トラブルも増えています。
が、スクランブル化が実現すれば、
こういったトラブルも無くなるでしょう。
見たい人が払う…。そうであれば
わざわざ集金人と喧嘩したりしないでしょうからね。

そして
”過激な発言をするような団体”
これも、無くなるでしょう。
NHKを~のような発言をしている団体も
NHKがスクランブル化すれば
文句はなくなるでしょうから、
無駄な争いは無くなりますし、
過激な発言で不快な思いをする人は
いなくなるでしょう。

そうです。
スクランブル化するだけで、
これだけの、問題が解決するのです。

なのに、なぜしない?

結局のところ自分たちの都合

なのでは?と思われても仕方がありません。

公共放送云々言うのであれば、
契約してもらえるような番組作りを
努力して作れば良い話ですし、
視聴率の高い番組に偏る云々も、
これは自分たちの努力次第でしょう。

このまま”トラブルを野放し”にするのであれば
”公共放送”としての使命など
もはや果たせていないのと同じことであると思います。

”見てるのに支払っていない人”への対策は?

”見たくないのに支払わされている人”への対策は?

”集金人と一般人のトラブル”への対策は?

”過激な団体が生まれる原因”を作っていることへの反省は?

これらの解決策は、
もうスクランブルしかないでしょう。

利益や保身、古い考えに走っている場合じゃないのです。
大勢の人が苦しんでいるのです。

「スクランブル化できない!」ではなく
「どうすれば公共放送としての役割を果たしながら
スクランブル化できるのか」を
考えることこそ、公共放送の使命ではないでしょうか。

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