パワハラを訴えるのは甘えだ?その考えはいつか身を滅ぼす。

仕事

店員Kです!

最近ではパワーハラスメント、
パワハラもよく騒がれていますね。

上司の立場を利用して、部下を追い詰めたり、
横暴な態度で部下を追い詰めたり、
色々なカタチのパワハラが存在します。

しかしながら、中には
「パワハラを訴える人は甘えだ」と言う人も
居るかと思います

が、その考えはいつか自分の身を滅ぼします。
大事なポイントを書いていきますので、
もしも「パワハラを訴える人は甘え」だとか
「最近の若いやつらは」と考えている人は
しっかりと読んでみてください。

パワハラを訴えるのは甘えという考え

確かに、なんでもかんでもパワハラパワハラ
言うような風潮なあるかもしれません。
実際に、普通に叱っただけで、パワハラと言われてしまった
経験のある人も居るでしょう。

ですが、パワハラは甘えだ!なんて考えは危険です。
そういう考えをしている人ほど、本当のパワハラを
している危険性が高いと私は考えます。

パワハラだとすぐに騒ぐ人は確かに甘えている人も
居るかもしれません。
ですが、世の中には本当のパワハラに苦しんでいる人も事実。

パワハラを訴えるのは甘えだと言う考えは、今すぐに
捨てて下さい。
で、ないと手遅れになります。
手遅れになった時に後悔しても、誰もあなたを助けてはくれません。

パワハラは自分視点で考えるものではない

まず、パワハラとは自分視点で考えるものではありません。
”相手視点”で考える者です。
そのため、自分がパワハラではないと考えていても、
相手がパワハラだと考えれば、パワハラ案件として成立します。
「そんなつもりじゃなかった」だとか「これはお前の為を思って」だとか
そういう言い訳は通用しません。

もちろん、パワハラに相当するものではないのに、
パワハラだと言うような人も中には居るでしょう。
ですが、それを判断するのはあなたではなく周囲です。
普段から、あなたがちゃんとやっていて、パワハラをしていない、
というのであれば、嘘のパワハラの訴えから、ちゃんと周囲が
助けてくれるはずですし、真実も明らかになると思います。

が、普段からグレーゾーンなことばかりしていたり、
普段から周囲に偉そうにしていれば、
たとえそれがパワハラでない行為だったとしても、
パワハラにされてしまう可能性もあります。

このように、パワハラかどうか決めるのは自分自身ではなく、
周囲の人間たちです。
被害を受けた側、そして、被害を受けた側がパワハラされた!と
声をあげたときに周囲に居る人たち。
そういった人たちが、パワハラかどうかを判断するのです。

自分が判断するわけではない、ということは覚えておかないといけませんし
自分の感覚が世間とずれている可能性もちゃんと
考えなくてはいけません

昔は良かった!ではダメ!

パワハラを無自覚のうちにしている人の中には
「昔は良かった」などと言う人も居ます。
しかし、それではだめなのです。
昔は昔、今は今です。
例えば「自分の若い頃はこのぐらい許されていた」と
いうような人もいるかもしれません。
確かに、それは嘘ではないでしょうし、許されていたのでしょう。
ですが、今は、何年か?それをよく考えてください。
今は昔ではありません。
今は今です。

昔は良かったからどうこう、ではなく、
今はダメなものはダメなのです。
これらは年配の方に多く見られますが、現代に適応できず、
自分の若い頃はこうだったから、だとか、そういう風に難でも
考えてしまう人がいます。
しかし、それではだめなのです。
自分が居る時代はいつなのか、それをよく考えてみることです。

昔に居るわけじゃなくて”今”に生きているわけですから、
今の時代に受け入れられないことはダメですし、
心の中ではどう思おうと自由ですが、少なくとも、社会では
時代に合わせていかないといけないのです。

根性論は言い訳

パワハラパワハラ騒がれると
最近のものは根性が無い、みたいなことを言いだす人も居ます。
しかしながら、それは言い訳です。
自分のパワハラを棚に上げるための言い訳。

「根性が無い」
そんなことをもしも口にしているのだとしたら
要注意です。
あなたは既にパワハラをしているか、
パワハラ予備軍でしょう。
もちろん、本当に根性がないのかもしれません。
ですが、先ほども書いた通り、それを指導ととるか、
パワハラととるかは相手次第であり、
あなたが決めることではありません。

根性論を振りかざしているうちにパワハラということに
なってしまっていたら、もう手遅れです。
後から後悔しても遅いのです。

根性だとか、なんだとかは、関係ありません。
今はそういう時代であり、
根性論を振りかざしてパワハラをするような人が
居るのも事実です。

普段の行いが基準を左右する

パワハラの基準とは曖昧なものです。
何かを言われた側がパワハラだと感じれば、それは
パワハラになり得ますし、
逆に、それはパワハラでしょう?というようなことであっても、
当人が、強い信頼関係で結ばれていて、なんとも思わないのであれば
パワハラにはならない場合もあります。

上司Aと上司Bが同じ人に対して同じことをした場合でも
日頃の行いが良い上司Aは、パワハラにならず、
日頃の行いが悪い上司Bは、パワハラになってしまうこともあります。
このように、日頃の行い次第で、
周囲の反応が変わってきます。

例えば、日ごろの行いの良い上司Aが、
部下に対して、軽い冗談を言ったとします。
結構辛辣な内容だったとしても、
部下も、上司Aを信頼しているので、冗談として笑い流します。

しかし、日ごろの行いの悪い上司Bが
同じ内容の軽い冗談を言ったとします。
いつも良い印象を持たれていない上司Bからの言葉に、
部下は傷ついて、パワハラだと言いだしました。
すると、上司Bはパワハラ認定をされます。

「そんなつもりじゃなかった!」と言っても遅いです。
上司Bのしたことは、パワハラとして、扱われるでしょう。

もちろん、日ごろの行いが良いからパワハラをしていい、という
意味ではありません。
そんな風に解釈してしまう人は、危険です。

ですが、このように
日頃の行い次第では、同じ行動であっても、
それがパワハラになる人と、パワハラにはならない人が存在する、
ということです。
日頃の行いというのはとても大事なことになりますから、覚えておきましょう。

客観的に見つめることも大事

パワハラを日常的に無意識にしてしまっている人は
自分本位で考えていることが、パワハラの原因の一つでもあります。
もしも、ふと、自分で「ん?」と思うことができたのであれば、
友人などに自分の行動を話してみて、それがパワハラじゃないかどうか、
考えてみることも大事なことの一つです。

また、同世代の人間に聞いてもあまり意味がないかもしれませんから
世代の違う人に相談できるのであれば、相談してみるのも一つの方法になります。
お子様が居るのであれば、子供に聞いて見るのも良いかもしれませんね。
自分の行動を子供に話すことは出来ない、と言うのであれば
それは、どこかに”うしろめたさ”がある証拠でもありますから、
注意しましょう。

まとめ

パワハラは自分本位で決めるものではなく、
相手がどう感じるか、で決まるものです。
そのため、自分がいくら「パワハラじゃないんだ!」と思っていても、
相手が「パワハラだ!」と思ったのであれば、それはもうパワハラなのです。
そのことは忘れてはいけませんし、
パワハラ云々で何か問題になってしまってから後悔するのではあまりにも
遅すぎますから、その点に関しては、注意しておいた方が
良いのではないかと思います。