任天堂は、ニンテンドースイッチやDS、Wii、
ファミコン、ゲームボーイなど大ヒットした商品が
非常に多い一方で、
その中では”失敗”に終わってしまった商品も
存在しています。
その一つがNINTENDO64の周辺機器として登場した
「64DD」になりますね。
64DDは、発表当初はそれなりの注目を集めていて、
N64登場当初から情報が公開されるなどしていた他、
発売予定ソフトにも専用ソフトが名を連ねたり、
64向けソフトとして発売されたソフトの
拡張ディスクのようなものの展開が予定されたりと、
大きく展開していく…と思われた商品でした。
しかしながら実際には、その売上は1万5000台ほどで
終わってしまったと言われており、
全く普及することもなく、短期間で展開が終わってしまいました。
では、64DDはどうしてそのような状況になってしまったのでしょうか。
その理由を一つ一つ見ていきましょう。
64DDとは?発売後の結末は…?
64DDは、前述の通り、NINTENDO64の周辺機器として発売され、
本体の底面に取り付ける形のものになっていました。
こちらを取り付けることによって64DDの専用ソフトや
拡張ディスクなどを利用することができる仕組みで、
64のカセットでは実現のできないソフトなどの開発が
進められていました。
ただし、発売後は後述する様々な要因によって
全くと言っていいほど普及せず、
1999年12月11日に発売後、
2001年2月にはサービスが終了してしまうなど、
あっという間に展開が終了してしまった周辺機器となりました。
任天堂のゲーム関連の商品の中でも
ここまで苦戦したものは少なく、
バーチャルボーイでさえ、64DDの10倍近く売れていると
考えると非常に苦しい状況であったことが伺えると思います。
では、どうして64DDはそのような状態になってしまったのでしょうか。
その理由を考えていきましょう。
N64自体が苦戦してしまった
まず、64DDは「NINTENDO64」の周辺機器ですから
NINTENDO64自体が売れなければどうすることもできませんが、
NINTENDO64はファミコン、スーパーファミコンと絶好調だった
任天堂ハードの勢いを引き継ぐことに失敗してしまい、
苦戦した任天堂ハードの一つです。
それまでトップシェアだった任天堂が競合他社
(ソニーのプレイステーション)にトップシェアの座を
奪われることにもなりました。
N64自体がそうした状況であったため、
これがまず、64DD自体の苦戦した原因の一つと言えます。
仮にNINTENDO64がファミコンレベルの売上を
記録していれば、64DDに関してももう少し
違う結果になっていた可能性はあります。
発売時期の相次ぐ延期
NINTENDO64の売上が不調だったことなども
延期の理由として挙げられていますが、
64DDは発表後、発売時期の延期が繰り返されるなどし、
結局登場したのは、1999年の12月…64の本体発売から
2年半が経過してしまったタイミングでした。
しかも、延期を繰り返してしまったことにより、
64の注目度自体が既にある程度下がっていたこと、
競合のSONYが既に新ハードの
「プレイステーション2」発売の目前になってしまっていたこと、
さらには任天堂自体も後継機「ゲームキューブ」の話題が
少しずつ(まだこの時点ではコードネームで呼ばれていましたが)
出て来てしまっていたことから
”発売タイミング”も逃してしまっているような、
そんな状態での発売になってしまいました。
”新しいハードの情報も出てきている中”での発売ですから
当然これも大きく不利になってしまう原因を作った要素だと言えます。
この発売時期の遅れによって、
当初、64DD専用として考えられていたソフトたちの一部は
早々にNINTENDO64で通常のソフトとして発売されるなどして、
どんどん64DD自体の専用ソフトのラインナップが
小さくなっていったことも、注目度がマイナスとなる
原因を作ってしまいました。
販売形態が特殊過ぎる
↑のような条件があっても、恐らくは”このポイント”が無くても
もう少しは売れたはず…でしたが、
64DDはゲームの周辺機器の販売形式としては
最悪な販売形式を取ってしまい、
”ランドネットと呼ばれるサービスの会員になることで
64DD本体がレンタルされ、ソフトなども会員になると
定期的に配布される”という
あまりにも奇妙な販売形式を取っていました。
つまり、64DDは通常の店頭では販売されておらず、
ランドネットというサービスで月額を支払うことで、
本体がレンタル(しかもレンタル扱い)かつ、
ソフトも、自分で好きなものを選べるわけではなく
会員に配布(悪く言えば全部買わされるようなもの)されるなど、
制限が多すぎる販売形式となっていたのです。

会費は月額払いで年間で3万円ほど。
価格的にもなかなかハードルが高いだけではなく、
支払い方法も当初、クレジットカードのみの対応となっているなど、
”買う側のことを全く考えていない”と言われてしまっても仕方のない
販売形式でした。
ゲームという商品において
この販売形式はあまりにも悪手と言わざるを得ない状態で、
結果的に大失敗することになってしまいました。
この形式では子供は当然購入できませんし、
大人も、高額であることや、ソフトも全部送られてきてしまうことなど
選択の自由がないことから、当時のコアなゲーマーでもない限りは、
やはり、ランドネット会員になって64DDを手に入れる…ということは
なかなかしずらかったのではないかと思います。
この販売形式が64DDの販売にとって
決定的なトドメとなってしまい、
64DDが普及しない大きな要因になったと考えられます。
早々のサービス終了
勿論、そのままサービスを続けていても、
64DDの発売時点で、既に64自体も苦しい状態になっていたほか、
64DDの販売形態からも、それ以上普及が拡大することは
見込めない状態になっていました。
ですので、早い段階でのサービス終了は
この判断自体は正しいとは思います
が、これにより、64DDに残っていた専用ソフトも全て
中止か移行になってしまったため、
販売台数は伸びないまま、64DDの歴史に幕を閉じることに
なりました。
結果的には…
最終的に64DDは極めて短期間での展開終了となり、
発売予定となっていた「スーパーマリオ64 2」や「キャベツ」
「ポケットモンスター64」などは開発中止となりました。
また、64DDに発売を予定していたソフトの多くが
通常の64向けに発売されるなど、
大きくソフトの発売にも影響を及ぼしています。
ただ、結果的に見れば、
当初64DDで予定していた「ゼルダの伝説 時のオカリナ」なども、
仮に64DD専用ソフトとなってしまっていたら、64DDがある程度成功していたとしても、
本体+1万円越えの周辺機器を追加で購入してまで遊ぶユーザーは
今より減ったと思いますし、
そうなれば今現在の「3Dゼルダ」と同じようにゼルダが存在していたかも分かりません。
そういう意味では後の時代にはこの64DDの流れというものは、
プラスに働いたのかもしれません。
まとめ
64DDの失敗の要因としては
大きな要因となったのは、
・64自体の苦戦
・度重なる延期
・64DD自体の販売方法
この3つであると考えられます。
64自体の苦戦はともかく、
早期に64DDを発売し、
さらにはランドネット会員専用などという
複雑な販売形式を取らずに、
普通に販売していれば、
その未来は大きく変わったのではないかと考えられます。
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