ニュースが公平でないのは何故?人が作るものは偏るもの。

ニュース

店員Kです!

世の中には色々なニュース番組や、
ネットのニュース、
そして、新聞紙など、色々な部分でニュースが報じられています。

しかしながら、
この世の中に”完全に公平”なニュースなどないでしょう。

実際には圧力だったり、個人の主観だったり、色々なものが
入り乱れているのがニュースです。
例えばコメンテーターのコメントなどをとっても、
”100%公平”なものは存在しません。

ニュースには、偏りが必ずあるものです。
それは何故なのでしょうか。

公平なニュースは存在しない

この世の中に、本当の意味で100%公平なニュースなど存在しません。
どのニュースにも色々なものが入り乱れています。
例えば、加害者側の顔写真を、人相の悪そうなものを使えば
それはある意味では印象操作かもしれませんし、
被害者の行動を批判するようなコメントをコメンテーターがすれば、
それもまた、印象を操作していると言えるかもしれません。

ですから、ニュースを見た人間が全て
「このニュースは公平だ」と納得できるようなニュースは
存在しないでしょう。
”ニュースは偏るもの”ということです。

その偏り方が”酷い”ニュースもあれば、
比較的偏りが浅いニュースもある。
それだけの違いです。
全く偏りのないニュース、というのは人間が作っている以上
仕方がないものだと思います。

では、ニュースが何故不公平になってしまうのか。
その点について、もう少し詳しく見てみていきましょう。

スポンサーとの関係性

ニュース番組にしても、他のテレビ番組にしても、スポンサーとの関係性は
とても大切なものです。
ニュースも多くのニュースは慈善事業ではありません。
確かに、公平に伝えてほしいものではありますが、
なかなかそうもいかないでしょう。

NHKを除く各種はスポンサーのご機嫌には細心の注意を払っているはずです。
関係者に聞けば恐らくは「そんなことはない」と言うでしょうけれど、
そういうことは実際にあると思われます。

少なくとも、スポンサーにとって不都合なニュースの報道には
控えめになるでしょう。

まぁ、嫌な話ではありますが、これは仕方のないことなのだと思います。
報道各社が大切にしていることは”真実を伝えること”ではなく
”会社にとっての利益をあげること”ですから、
真実よりも、公平さよりもスポンサーが優先されてしまう、ということは
必然なのかもしれません。

もちろん、現場で取材されている方などは
そうではない方も多いとは思いますが
上層部は、公平さや真実かどうかよりも視聴率を追及しているはずです。

私は元ブラック企業(報道関係ではないです)で勤務していましたが
ブラック企業であろうと、そうでなかろうと、最終的に、会社の上層部が
求めるのは利益です。
全員がそうとは言いませんし、きれいごとを言う人も居るかとは思いますが、
本音の部分で目指しているモノは利益である人が、多いです。

接客業であればお客様のために!みたいなことを言いますが
本音は利益ばかり。
少なくとも、私の会社の上層部はほとんどそうでした。
上層部なんてどこもそんなものですし、
そうでなければ会社は成り立たない、という一面もあるのが現実ですね…。

ニュースは人が作るもの

ニュースを作っているのはロボットではなく、人間です。
どのニュースをどのような順番で取り上げるか、
どのような演出で報道するか、それら全てを人間が決定するわけです。

人間は、不公平なものです。
どんなに自分は公平だと思っている人も、
どこかで必ず大小様々な”不公平”な部分を持っているわけです。
その人間がニュースを作るわけですから、
当然、ニュースのどこかの部分には不公平な部分が生まれる。
そういうことになります。

人間一人ひとりに異なる考えがある以上、
完全に公平なニュースを作ることは非常に難しく、
どうしても主観が入ってしまったり、
報道上の演出が偏ってしまったり、
そういうことがあるわけです。

これは新聞などの紙媒体であった場合も、同じことが言えるかと思います。

見る側も感じ方はそれぞれ

「このニュースは偏っている」そう感じることもあるでしょう。
ですが、もしも自分が「このニュースは偏っている」と、そう感じたとしても
他の人が全て同じ考えになるとは限りません。
100人居たら、99人が偏ったニュースだ!と思ったとしても、
残り1人は「このニュースは公平だ」と思うかもしれないー。
そういうことです

つまり、人間は見る側も、感じ方が人それぞれ、ということです。
なので、仮にニュースを報道する側がどんなに「公平」なニュースを
作ったとしても、そのニュースを見て「公平じゃない」と感じる人も居るので、
全員が公平だと感じるニュースを作ることは、現実的には不可能でしょう。

見た人全員がおもしろい!と感じる映画を作ることはできません。
どんなに「名作」とされる映画でも必ず誰かしら「つまらない!」と思う人も
いるわけです。

遊んだ人全員がおもしろい!と感じるおもちゃを作ることもできない。

それらと同じで、見た人全員が「満足のいくニュース」を作ることはできないのです。

コメンテーターやキャスターも人間

テレビ番組のニュース番組には、コメンテーターやキャスターと言った人が
事件に対して意見を述べる場面もあるかと思います。
これは、完全に個人の意見なので、事件を公平に見ることのできている人も居れば
そうでない人も居ます。
これも、キャスターやコメンテーターはロボットではなく人間ですから仕方の
ないことになります。

人間が喋る以上、どうしても客観的に見ようと努力したとしても、
自分の感情や、感じたことなどが流れ込んできてしまうことは多いでしょうから…

また、テレビ番組側の意向が決まっていて
コメンテーターやキャスターの方が思うように話すことができない、なんて
場面も確実に存在するかと思います。

このように、どこを見ても人が絡んでいるのが
「ニュース」ですから、テレビ番組も新聞紙も、ネットのニュースも
”100%公平”に報じることは不可能です。
人それぞれ、見る側も感じ方が違いますからね…。

公平なニュースは無理でも…

公平なニュースを作ることはできません。
どこかしらで、偏りは出てきてしまうものだと思いますし、
会社が絡んでいる場合は、本当に忖度のようなものもあるでしょう。
そして、見る側が「これは偏っている!」と感じるかどうかも、
人によります。

ですので、100%公平なニュースを作ることはできません。

ですが、なるべく”偏らないようにする”ということであれば
可能であると思います。
人間が作っている以上、ある程度の部分は仕方がないでしょう。
ですが、それを抑えることはできるはずです。

なるべく真実に近いニュースを、
なるべく偏りのないように報道する。
それが、ニュースに出来る最大限の努力であると、私は思います。

見る側は、ニュースを鵜呑みにするだけではなく、
しっかりと自分でニュースを見て、考えることが
大切なのだと思います。

ニュースなんて、所詮人が作っているもの、作り物なのですから、
万能であることなど、ありえないのです。

まとめ

テレビのニュース番組もそうですし、ラジオのニュース番組も、
ネットのニュースも、新聞も週刊誌もそうです。
ニュースは、人の主観と、忖度で出来上がっているものです。
1つの記事にも、色々な利権や考えが絡んでいる。
1つの番組にも、利権や思惑が絡んでいる。

人が作るものである以上、そこに真の公平などと言うモノは
存在しません。
不公平だけれども、無くてはならない存在、
それがニュースなのではないでしょうか。