国会のヤジはいらない!ヤジのデメリットと争いが無くならない理由。

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国会におけるヤジ…
発しているのが誰であっても
みっともないものです。

常識的に考えれば
”人が話をしているとき”には
ちゃんとその話を聞くべきですし、
進行を妨げたり、
発言している人にとって
圧力に感じるようなことは控えるべきですし
まるで小学生レベルのような
争いが繰り広げられていて
外部から見れば”みっともない人たちの集まり”と
見られてしまっても仕方のないことです。

では、どうしても
良い年をした人たちが
このようなことをいつまでもしているのでしょうか。
問題点やどうするべきか、
何故なくならないのか、
それを見ていきましょう。

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ヤジに意味はあるのか?

これは「ない」と言ってもいいでしょう。
デメリットの方が多く、
本人たちの”自己満足”でしかありません。
人の発言中に口を挟むようなことがあっては
ちゃんとした議論も出来ないでしょう。

名物だ、などという意見もありますが
話し合いには名物も何もありません。
名物名物言う人はそもそもの目的を
間違えていますし、
デメリットの部分を何も考えることが
出来ていないのではないでしょうか?

会社の会議中にギャーギャーと周囲が
騒いでいたら発言している本人は
萎縮するかもしれませんし、
話し合いも満足に進まないでしょう。
それこそ、上層部の人間が
ヤジという名目で圧力をかけることだって
可能になってしまうのです。

意味はあるのか?と言われれば
「ない」です。
こじつけの意味や
自己満足の意味合いはあっても
時代錯誤と言わざるを得ないでしょう。

人の話はちゃんと聞くべき

まず、人の話には割り込まずに
ちゃんと黙って聞くべきであり、
何か言いたいことがあるのであれば
発言後にするべきです。

人の話はちゃんと最後まで聞きましょう、
というのは子供でも習うことです。
明らかにおかしなことを言い始めたのであれば
ともかく、そうでないのであれば
少なくとも、話は聞くべきであり、
ギャーギャーと周囲が騒ぐべきではありません。

サルではなく人なのですから
理性を持って話し合いに参加するべきです。

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発言者によっては萎縮する可能性

どんな世界でも、上下関係というものが
存在します。
そんな中、ギャーギャーと上からの圧力の如く
ヤジを入れられれば、発言をしている人間が
萎縮をしてしまう可能性も十分にありますし、
本人が傷つくような可能性も
十分にあるでしょう。

実際にヤジが失言となり、
問題発言になっているケースもあります。

発言している人間が委縮してしまっては
それこそ話し合いの意味がありませんし
上の意見が強い世界になってしまい、
これではブラック企業と何も変わりありません。

圧力をかけることはあってはなりませんし
ヤジは、本人にその気がなかったとしても
相手にとって、圧力となる可能性を
十分に持つ恐ろしいものであるということを
理解しなくてはいけません

進行を妨げる

余計なヤジは、話し合いの進行を妨げます。
ヤジがうるさすぎて話が進まない、
なんてこともあるでしょうし
いちいち面倒なヤジに付き合わされて
時間を無駄するようなこともあるでしょう。

どんな話し合いであっても
時間と言うものは限られています。
進行を妨げるという意味でも
ヤジは不要なものですから
やはり、これは控えるべきですし、
発言者の発言が長いのであれば
時間が来たらそこで切れば良いだけであり
ヤジを入れて時間を無駄に浪費する
必要はありません。

”遊び”で話し合いをしているのであれば
話は別ですが
”仕事”でやっているわけですから
仲間内でキーキーやってるのとは
訳が違うのです。

問題になる可能性

過去に何度か「ヤジ」で問題になっている
ケースもあります。
これこそ、本当に愚かなことで、
ヤジごときで問題になってしまって
それで、責任を取って、なんて呆れ果てて
モノも言えない行為です。

発言内容がアウトだからこそ問題になるのは
もちろんですし、
そもそも最初から「ヤジ」なんてものを
飛ばさなければそのようなことにも
ならなかったわけです。

こういう無駄な問題を起こし
無駄な騒ぎを起こすヤジは必要ありませんし、
最初から口にしないべきです。

大勢で周囲からギャーギャー騒げば
一人ひとりが大して何も考えることも
せずに失言を投げかけることにも
繋がってしまいます。

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第3者から見ればみっともない

好きな人は好きなのかもしれませんが
第3者から国会の話し合いの内容を見れば
「みっともない」と思われてしまっても
仕方がないでしょう。

見ないと思いますが
仮に子供が見たらどう思うか?
「かっこいい」なんて絶対に思わないでしょうし
「何これ?」みたいな感じになるでしょう。
みっともない小学生レベルの争いを
見せつけられるわけですからね。

ヤジを飛ばしている人たちは
自分の子供や、地域の子供に
その姿を誇りを持って見せられるのかどうか
今一度よく考えてみることをおすすめします。

自分たちは自己満足してしまっているかも
しれませんが
その醜悪な姿が、外に晒されている、
ということは忘れてはなりません。

考え方が古い

結局、考え方が古い、ということに
辿り着くかと思います。

ヤジは名物だ!なんて言っている人は
その代表例だと思いますし
伝統だ!みたいな人は、時代についてこれていない
証拠であるかと思います。
今は不適切発言にも厳しい時代ですし
何より、きつい言葉を投げかけてどうこうという
時代ではありません。
伝統も何も、悪いものは、どんどん
変えて行かなくてはいけませんし、
必要のない伝統はどんどん消していく必要もあります。
”ヤジ”はその最もたる例と言ってもいいですし、
必要ありません。みっともないだけです。

伝統・名物などと言っている人は
いつまでも過去に囚われているのではなく
今が何時代なのかどうかをよく考えるべきであり、
話し合いの場にはふさわしくないものであると
いうことは、ちゃんと理解するべきです。

今は昭和じゃありませんし、もう平成でもありません。
いつまでも前世代の考え方ではいけないのです。
特に国会には年齢を重ねた人が多いので、
そのあたりの感覚は狂っているかもしれませんが、
もう昭和ではないということは、
覚えておくべきですし、
時代に合せた変化をしなければ
どんどん信用を失っていくことになります。

態度が悪すぎ?

「居眠り」「ヤジ」「足を組んで座る」「頬杖」
正直、一般社会でこんな態度をしていたら
アウトでしょう。
とても、話し合いをしている人たちの
態度ではありませんし
不満を感じると「サボり」をする人までいます。
「嘘」をつく人もいます。

こんな態度では、”全員”こういう人たちなんだな
と思われても仕方がありませんし自業自得です。
もちろん、真面目にやっている人もいるのでしょうが、
まず、ちゃんと座り、ちゃんと話を聞く、という
この当たり前のことすらできないのであれば
「あそこの学校の生徒だから…」みたいに
見られるのと同じ感じで
「国会の話し合いなんて真面目にやってない」と
”全員”そう思われても、仕方がないでしょう。

一般社会と違う世界なのは仕方ないですが
最低限、ちゃんと座ってちゃんと話を聞くぐらい
誰だってできることですし、
当たり前のことは、ちゃんとやるべきです。

まとめ

何故、デメリットだらけなのに
ヤジは無くならないのか。

やはり”考え方が古臭い”というのが
一番でしょう。
未だに伝統だとか、名物だとか
いう人もいます。
まじめにやってない、と言っても
良いかもしれません。

”国会にはヤジがある”と思い込んでしまっている
人たちが、ヤジというものがなくならない
原因を作っているのだと思いますし、
今後もみっともない争いは当分続くのではないでしょうか。

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