23歳でバイトから店長になった店員Kの話①~軽率な判断だった~

店員Kです!

私は23歳の時にアルバイトから、店長に引上げされ、
それから2年半、店長をやることになりました。

店長と言う仕事は、良いものではありません。
ストレスは溜まりますし、勤務時間が長い割に給料は
それほど出ません(手取りで10万後半ぐらい)

2年半の店長経験。
長いようで短かったですが、色々な苦悩がありました。
店長と言うものは簡単なモノではありません。

今回の記事では、私が23歳で店長になった際の
話と苦悩の数々を書いていきますね。

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店長になった!

店長になれる。その話が来たのは2014年春のこと。
ちょうど私の誕生日でした。23歳の。。
その企業では比較的若い店長が多かったのですが、23歳の店長は
その企業の中では異例でした。

ちなみに店長にランクアップするための秘訣は
運と勤務時間、勤続年数、あとはどれだけ本部の人に覚えてもらうか、
でしょうか。。

まぁ、一番は運ですかね。
私の場合は運も良かったのでしょうし、ある程度勤続年数もありましたし、
週に5回バイトで入っていたので、時間的にもなかなかでした。

私のバイト時代、当時の店長は気分屋で気難しく、
バックレ(急にバイトを辞めるひと)が
多発している…そんな状況でした。

だから私自身が店長になれるという話が来たときに、
こう思いました

・もう気難しい店長のもと、気を使ったりせず精神的に楽になる
・今いるアルバイトさんたちには同じ思いをさせないようにしよう。

まぁ、理想的な幻想ですよね。

そして店長の仕事を引き受けました。

当時は、自分の仕事が認められたのかも知れない。
そんな風にも少しだけ思いました。表には出しませんでしたが…

実際は単に利用しやすい人間を見つけて、それで私に声を
かけてきた、ということなのでしょうけれど、
実際にアルバイト→店長に上がれる、となると舞い上がるものです。

店長交代まで…

私が店長になることが決まり、その時の店長は私に色々教えてくれました。
当時の店長は、気さくな良い方で、1年にも満たない異動となって
しまいましたが、今でも強く印象に残っています。

店長交代までの1か月の間、覚えることは山ほどありました。
経理作業に仕入れ発注などなど。
「こんなにも作業が違うのか」 そう思ったものです。
やはり店長にならないと見えてこない部分があるな、と。

そして、書類などもいろいろ必要でした。
これは会社によるとは思うのですが、私の場合、
アルバイト→社員という区分の変化があったので、
住民票やら身分証明書やら誓約書やら、色々なモノの
提出を求められました。

面倒くさいなぁ…と思いつつ、書類を集め、
残り1か月間があっという間に過ぎていきました。

そして、私はついに店長になったのでした。

環境の変化

私は、自分で言うのも何ですが、
年齢にしては落ち着いた振る舞いをするタイプでした。

実際、心の内はそうではないのですが、
外面だけ良い、と、そんな感じです(笑)

店長にも気に入られてましたし、
先輩アルバイトからも結構気に入られていたと思います。

なので、アルバイト→店長に上がっても
”外面”の良い私は、舞い上がることもなく、
周りからはバイト時代と何も変わらない振る舞いをしていたと思います。

でも、ですよ。

長いアルバイト生活から店長に上がると、
嬉しいものです。私は当時23歳。調子にも乗りますよね。
心の中では(汗

結果、変に気負いすぎて、ある種ではそれが”ストレス”へと変わって行きました。

勤務時間の増長。
これはアルバイトから上がる前に分かっていたことです。
毎朝9時には店に入り、帰るのは22時。
幸い、私のお店にはアルバイトスタッフさんが十分に居たので、
休むことはできました。

しかし、ある”恐怖”が生まれるのです。

アルバイトスタッフさん達が急に辞めたりして、シフトが埋まらなくなったら?
シフトが埋められなくなったら、どうなるのか??

そんな私は恐怖からか、
アルバイトスタッフさんに出来る限り気持ちよく働いてもらおう、という
方針に転換していきます。

勿論、最初から良い環境づくりはしっかりするつもりでした。
私のバイト時代の店長の辛い環境は味あわせたくないですし、
また、店長になったとは言え、私はまだ23歳。
若いので、偉そうにする立場になく、する気も無かったので、
基本的にバイト時代同様に、スタッフさんの事は呼び捨て等ではなく、
そのまま○○さんと呼んでいました。

スタッフさん達からも特に店長!と呼ばれることなく、
○○さんと、私もそう呼ばれていました。

まぁ、ある意味では店長としては見られていない、ということだとは
思いましたが、それは別に問題ありませんでした。

崩れゆく”仮面”

”良い店長”を演じている私は次第に疲弊していきました・

接客業であるがゆえに、理不尽なクレームは多く入ります。
そのクレームを私は、アルバイトさんの負担にならないよう
水面下で処理しました。

また、本部からも理不尽な要求や厳しい言葉を投げかけられることも。
それも、私が一人で処理しました。

それが、店長の役割だと思っていたからです。

また、前の店長が奥の事務所にこもっていたりしているのを見て、
嫌な感じを当時、覚えていた私は
店長になった後も”自分でできることは自分でやる”を
心がけていました。

店長業務と合わせて今までの業務も自分でやる。

勿論、それは良かったのです。
しかし、いつしか「仕事をしっかりやる」と
言う想いは迷走していくことになります。
とある件が決定的となり…。

未熟ゆえの失敗

店長になってからすぐのこと。
私が店長になった際に採用したアルバイトスタッフさんの一人と
古株スタッフさんの一人が揉めました。

私は、
”面倒事は根元から絶つ”という考えを持っています。

この時、古株スタッフさんの一人が、
影で新人バイトさんの悪口や、その周りのスタッフの悪口を言っていることを
私は知りました。

対立している新人バイトさん以外の悪口もSNSなどに
書き込んでいた古株バイトさん。
そして、新人バイトさんも負けじと、対立を続ける。

正直、面倒くさかったー。

この時、ちゃんと二人の話を聞いてあげればよかったと
今でもそう思います。

しかし、当時の私は、
面倒くさい、そう考えたこと、
そして悪口を書く古株バイトさんにも次第にイライラしてきました。

勿論、それも表にはほとんど出しませんでしたが。

いつものように下手に出ながら、
私は”処理”を行いました。

新人バイトさんは体調を崩しがちになったため、
自分から退職を申し出てきました。
私は止めることもせず、そのまま承諾し、彼女を”切り捨て”ました。

そして古株バイトさんに対しては
「不満があるなら辞めます?」と心ない言葉を投げかけました。

SNSに悪口ー
そんな事は今の世の中よくあること。

別に彼女は悪くなどありませんでした。
勿論、周りに不満を抱いた状態はよくはありませんでしたが、
それは少し話し合えばきっと解決できたことでしょう。

しかし、私は心のない言葉を投げかけ、
彼女もアルバイトを辞めることになりました。

…もともと、彼女がSNSで不満を抱いた発言や悪口を
言っている、という話は、私が確認したわけではありません。
たまたま、お互いを知らない彼女と共通の知り合いを持つという
私の先輩が「こんなこと書いているけど大丈夫か?」と
教えてくれたことによるものでした。

…古株バイトさんと新人バイトさん。
二人を”排斥”してしまった私は、シフトが埋まらないのではないか?という
恐怖におびえながらも、今まで通りのスタンスで
店長を続けていこうとしていました。

「良い店長ー」
スタッフからはそう言われたこともあります。

シフトが埋まらない恐怖や、店が回らなくなる恐怖から、
私は良い店長であり続けようとしました
”表面上”は。

本当はそうではないのにー。
私は雇われ店長をする器には無かったのでしょう。

ある日、
古株バイトのSNSの情報を提供した”先輩”から
再び情報が流れてきました。

それは、私がある意味では”切り捨てた”古株のアルバイトさんが
内容は省きますが、とある書き込みをしていた、という情報。

その書き込みの内容を知り、
私は自分の行動を後悔しました。

勿論、その書き込みの文章が彼女の真意だったかは知りません。

彼女は辞めるときもいつも通りでした。
ですが、裏ではそうではなかったのかも知れません。

その書き込みを聞いた私は罪悪感を感じ、
自らの行動を後悔することになりました。。

そして、その古株バイトさんに連絡をし、
結果的に、私が店長をするお店に引き戻すことになりました。

迷走。

当時の未熟さが招いた結果でしょう。

幸い、私は本社に古株バイトさんの方の退職は伝えていませんでした。
なので、彼女はスムーズにお店に復帰することができたのでした。

古株バイトさんを引き戻したのち、
私は情報を提供した”先輩”と連絡を絶ちました。

育てることを”止めた”

それから、私は間違った方向に進んでいきます。

バイトが一気に2人抜ける(一人は戻りましたが)に恐怖した私は
とにかくアルバイトスタッフさん達に気を使い、
働きやすい環境を提供することを最優先しました。

勿論、お店の業務は回るようにしてましたし、
損益的にも、前年より良い数字が出るようになっていました。

しかし、私はありとあらゆる仕事を自分でやるように
なってしまってました。

できる限り、苦労させないー

そのねじまがった思考から、人に頼ることを忘れ、
全部自分でやるようになってしまったのでした。

また、遅刻などを常習的に繰り返すスタッフなどもおり、
私は”信じる”ことを止めました。

頼れるのは自分のみ。
そういう考えがどこかにあったのかもしれません。

スタッフにとって働きやすい環境、
そして特になめられたりすることもなく、お店の環境は安定していました。
気分屋店長の時のようにバックレも一人も出ませんでしたし、
人の入れ替わりも少なく、良い環境だったのだと思います。

そして、利益も売上も上がり、
お店の「売上」的にも安定しました。

全てが上手く行っているー
そんな風にすら思えました。

しかし、それは甘い考えでした。
無理をしてその状況を作り出していた私は、次第に追いつめられていくことに
なるのです。

…長くなったので今日はここまでにしましょう(汗
まぁ、、グダグダ書きましたが
20代の店長は未熟な人が多い!ってことですね…。

今もまだ20代ですけど、色々経験できたので、
結果的には店長やってよかった!とは思ってますが、
アドバイスをするならば、
・なんでも一人で抱え込まない!
・感情的にならない!
・自分がリラックスできる何かを見つける!

ってことでしょうか。。

続きはまた後日書きます!


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